yumomomo連載コラム「カラーで生きる」 第1回「寒い夜のビールの金色」

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 yumomomoさんの連載コラム「カラーで生きる」がPAGEVIEWでスタートします。「カラーで生きる」は日用雑貨クリエーターのyumomomoさんによる「色」をテーマにした連載コラム。毎回、独自の視点で様々な色について描きます。第1回は「寒い夜のビールの金色」――

第1回 寒い夜のビールの金色

 引っ越ししてちょうど一か月になる。最寄りの駅にみつけたちょっと感じのいいカフェでその時読んでいた本の最後のページを終えたとき、ふと生ビールが飲みたくなり注文した。読み終えた本をもう一度パラパラとめくっているとしばらく、店員がビールを持ってわたしのテーブルの前に立ち、それを置いて行った。その金色の液体を見た瞬間、祖父が死んだときのことを思い出したのだった。

 わたしの面倒をみてくれていた祖父が死んで、十三年になる。ある冬の寒い朝、祖母のわたしを呼ぶ声で目が覚めた。何度も呼ぶその声は叫びといってもよかった。ただならぬモノを感じて朝に弱いわたしが飛び起きて祖母の声のもと、祖父の寝室に行くと祖父が死んでいたというわけだ。心不全だった。

 人の死ぬのは突然だ。わたしはその時十九だったが、突然のことに対してやれるだけのことができたと思う。救急車を呼び、親族全員と、祖父母の通っていた教会に電話した。救急隊員とともに祖母をはげまし、近くのわりと大きな病院へ搬送してもらった。そこで死亡が確認された。

 病気で死ぬのまでに猶予があるのとは別に、突然の死はまわりの人間は本当にてんやわんやだ。食事はとれる時にとっておかないと食いっぱぐれるしそうすれば体がてきぱきとは動かない。葬儀屋もあちらの都合で来るし、今どき自宅で亡くなると警察が入る。わたしはそれらの相手をしていていつも猛烈に腹が減っていた。しくしく泣くだけの伯母はそんなわたしを見て 「よく食べる気になんかなるわねえ」と言った。泣くだけで事がトントン運ぶのならわたしもわんわん泣きたかった。だが泣ける気にならなくて、それどころじゃないって感じだった。泣いてばかりで何もしない伯母を少しだけ恨んだ。

 バタバタしていたわたしがようやく泣くことができたのは、祖父を荼毘したあとお骨を拾うときだった。焼かれた祖父の姿を見たとき、わたしの身体は耐えられずくずれおちた。父と兄がわたしの身体を支えてくれて、わたしは声を上げて泣いた。

 その夜、今まで感じなかった疲労がわたしをおそい、親族みんなでの夕食のときに、何となしに、伯父の飲んでいるビールを飲みたくなった。わたしはそれまでは梅酒や軽いカクテルは飲んだことはあってもビールを受けつけたことはない。飲みたいとも思ったことはなかった。でもその時は何となく飲んでみたくなった。一口ふくんだとき、目のまわりがピカッとした。クラリとして、思うまま一気に飲みほした。ああ、のどが鳴る。キーンと光が体を走った。こんなにおいしいものだったなんて。衝撃だった。グラスに残る激列な液体は、金色で光っていた。わたしはその時の金色を忘れない。

 忘れないのではなくて、忘れられないのだ、どうしても。人は予想もしなかった姿でこの世を去る。居酒屋などでビールを飲むとき、いつもあの激烈な金色が目の裏にうすくよみがえる。そこでは現実に見ている現物の色に、記憶の色が合わさって重なる。ビールをはじめておいしいと思った、あの時の金色のように。

 今さっき、カフェの店員が運んできて、はっと気づいた金色も、わたしにあの時のことを思い出させる。食べ物の好き嫌いや、嗜好の問題は、その食物の味よりも、その思い出や記憶に左右される。わたしはビールが本当に大好きだ。疲れた時にふうっと飲むと、もうなんにもいらないねって気持ちになる。このコラムを読んでいる読者さんも、食べ物や飲み物にまつわる嗜好と思い出があるはずだ。それはたぶん、強い。

yumomomo(日用雑貨クリエーター)

【お知らせ】
本コラムの筆者であるyumomomoさんが、先日、自身の作品を展示・販売するネットショップ「MIDORI」をオープンしました。コラムとあわせてご覧ください。
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