yumomomo連載コラム「カラーで生きる」 第2回「高い木の葉、みどりいろ」

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 2016年3月からPAGEVIEWでスタートした日用雑貨クリエーターのyumomomoさんによる連載コラム「カラーで生きる」。毎回、yumomomoさんが独自の視点で様々な色について描きます。第2回は「高い木の葉、みどりいろ」――

第2回 高い木の葉、みどりいろ

 二年前にブラジルに旅行に行ったときのことだ。二日目の朝、といっても限りなく昼ごはんに近い午前中であったが、わたしは連れといっしょに、リオの街を散歩に出かけた。その旅行はブラジル音楽をライブで聞きまくるというぜいたくな旅で、毎晩のようにブラジルの人気のアーティストのライブに行く予定がたてられていた。とあるブラジルバーのオーナーと常連さんとで人数をつどい、ツアーを組んで出かけた。自由時間はむしろありすぎるくらいで、わたしは連れという名の恋人と日本から遠く(一番遠く!)離れた国で、とてもいい時間をすごすことができた。
 ブラジルは治安が悪い。知る人ぞ知るという情報では決してなく、けっこう有名な話だ。でもじっさいにその地の土を踏んで歩いてようやくわかるということもある。ブラジルの治安の悪さは笑えるくらい相当だった。わたしと連れは一気にブラジルが気に入ってしまった。寝ながらでも外を歩けるような日本とは違って、自分の命は自分で守るものなのだ、ということに一瞬一瞬気を張っていなければならないからだ。それは「生きている」と、感じすぎるほどに実感するものだった。その感触をわたしは好ましいと思った。連れも同じ気持ちだったらしい。
 そういうわけでリオの街をすっかり気に入った我々だったが、ポルトガル語以外はまったく通じないであろうとみられる街角の古そうなカフェ、あるいはバルに入ることはためらわれた。連れも私もポルトガル語はぜんぜんできなかったし、やはり店に入るとなると治安の悪さがよくない意味で気になる。それでちょっとお高いけれど泊ったホテルの一階のレストランで一服することにした。
 そのレストランはテラス席が広くて、天気はとてもよかったし、海岸の砂浜沿いでもあるし、わたしたちはテラス席の一番砂浜に近いテーブルに座った。
 そこで、うーんと伸びをしながら空を見上げると、大きなヤシの木の葉が晴れた空色にさわさわ揺れているのが、わたしたちを最高にのびやかな気分にさせた。そのヤシの木は三十メートルにもなるかというものすごい高さで、それがこの海岸沿いにずらりと何本もドカドカ植わっている。日本ではきっとお目にかかれないような光景だった。そもそもこんなに高いヤシの木は日本では想像もできない。
 わたしはビールを、連れはカイピリーニャを頼み、ふたりで昼間から飲んだ。
 突然ではあるがこれを読んでいる方はアントニオ・カルロス・ジョビンの作曲した「イパネマの娘」という曲をご存知だろうか。あるいはジョビンの歌ったバージョンを聴いたことがあるだろうか。これ以後はその話をするので知らない方はここでこのコラムを閉じてくれてもかまわない。
 わたしはその高くて大きなヤシの木の群れを見上げながら、「イパネマの娘」をいつの間にか口ずさんでいた。ブラジル音楽には、「サウダージ」という概念がある。郷愁、あるいは切なさ、あるいは憧憬などの意味を持つ言葉だが、ブラジル音楽でその言葉をつかう時、単にそれらを体現した概念ではなく、子ども時代に家族とともにすごしたあたたかい情景や、過ぎ去った恋、あこがれなどを表現する場合が多い。ヤシの木の葉が、波がおしてはかえすように、ゆっくりゆっくりと、本当にゆっくりと大きく、さわ…さわ…とゆれている感じは、日本では体験したことがないような情景だった。こんな環境ですごしたら、たしかにあんないい曲が生まれるものかも、という気がした。
「いいですねえ」と連れが言った。連れも同じくヤシの木を見上げてカイピリーニャを飲んでいた。木を編み込んで作ったような、背をあずけやすい大きめの椅子に座って、上を見上げながら。「これが、サウダージっていうもんなんだろうね。音はないのにボサノヴァをきいてるみたいだ」
「わたしもそんなことを思っていたよ」とわたしは言った。
 日本の音楽でも、ずらり並んだ桜の名所や、それから秋にイチョウの大木が風にゆられて葉を落とすところとか、それから苔むす林の中で小川がちょろちょろ流れて小魚が泳いでいるような情景とか、その土地の景色があってこそできたのだろう歌がたくさんある。ブラジルでのそういう情景のひとつは、ヤシの木がさわ…さわ…とゆれて、サウダージを感じさせるような、おおらかで空間の広く力強いところにある。それに気づいたときのヤシの木の葉は、ブラジルの血を感じさせる、強い太陽の光をうけたまぶしい緑色、だった。

yumomomo(日用雑貨クリエーター)

【お知らせ】
本コラムの筆者であるyumomomoさんが、先日、自身の作品を展示・販売するネットショップ「MIDORI」をオープンしました。コラムとあわせてご覧ください。
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