yumomomo連載コラム「カラーで生きる」 第3回「お弁当箱のカフェオレ色」

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 2016年3月からPAGEVIEWでスタートした日用雑貨クリエーターのyumomomoさんによる連載コラム「カラーで生きる」。毎回、yumomomoさんが独自の視点で様々な色について描きます。第3回は「お弁当箱のカフェオレ色」――

第3回 お弁当箱のカフェオレ色

 中学生のころと高校生のころ、わたしのお気に入りのお弁当箱はうすい茶色だった。よくあるキャラクターの絵が入っているものではなくて、シンプルにうすい茶色とフチの部分が赤いだけのすっきりしたデザインのものだった。フタにただ大きく「A」と、あと忘れたが小さいアルファベットでなにか短文が書いてあった気がする。当時住んでいた川崎市の鷺沼の駅の近くの雑貨屋で自分で選んで買ったものだ。赤と茶色の組み合わせがいいなと思った。しかもその茶色というのが、木目板のような色というかこげてくすんだ感じの茶色で、モダンでシックな色だったので、かっこいいなと思ってよくそれに弁当を作ってくれと母に頼んだ覚えがある。
 二十歳をすぎて、実家にはほとんど帰ることがなくなった。まったくといってもいいかもしれない。とくに母との関係が最悪に悪く、自分でお金を稼げるようになってからは実家とはもっぱら疎遠できている。
 兄が結婚して、子どもができて、それ自体はとてもうれしいことだけど、ちょっと、お兄ちゃんをとられたような気持ちになっていた。だから兄の暮らしている家とも疎遠になった。兄はおよめさんと姪っ子と甥っ子と、祖母といっしょに暮らしている。もとは祖母の持ち家だ。だから祖母もその家にいる。
 ある用事があって、何の用事だか覚えていないのだが、その兄の家に足を運んだ。あのころは3.11があった後で、親戚の中でも、今まで行き来していた者はさらに行き来するようになり、今までろくすっぽ顔を見せない者が人が変わったように祖母の家に顔を出すようになった。わたしも時々行っていた。でも兄に甘えられないので、つまらない疎外感を土産に帰ることが多かったけれど。
 わたしは子どもがそんなに好きではない。姪っ子も甥っ子もわたしにとっては兄の子たちということでとてもかわいいけれど、それとその子らをあやしたり遊び相手になってやれるかというのはちがう。わたしが彼らにどう接していいのかわからないでいると、赤ん坊なりにこの人は相手にしてくれないのだなと察するようで、わたしにはなついてこなかった。それはそれでほっとした。それでわたしは祖母とあたりさわりのない世間話をしてすごしていた。

「あんたさあ、桃、食べる?」と祖母がわたしに言った。それで台所に行って弁当箱を持ってきた。祖母は桃缶でもみかん缶でも開けてそれから残りはタッパーに入れておくことが多い。…わたしは開けたら全部食べてしまうが。そのタッパーには見覚えがあった。
「あ、それ」とわたしは言いかけてやめた。わたしの、中学時代と高校時代に使っていた弁当箱だ。
 姪っ子が言った。
「かへおれーろのタッパ、タッパとって」
 えっ、とわたしは思った。姪っ子がわたしの弁当箱を指して何か言っている。
「はいはい、カフェオレのタッパーだよ」と兄が言った。
ああ。カフェオレ色のタッパーか。カフェオレ色、なんて、よく言うもんだ。
 わたしは言った。「それ、わたしのだよね。使っててくれてありがとうね。カフェオレ色、なんて、おしゃれすぎるじゃん。誰が言ったの」
「ぼくだよ」と兄は言った。少し照れているようだった。

その帰り道、なんだか涙がぽろぽろ出てきて止まらなくなった。バスの中だったので恥しかったけれど、わたしは涙の流れるままにしていた。わたしの気に入って使っていたものが、また誰かのお気に入りとして使ってもらえている。しかも疎外感を感じていた兄の命名でもって。涙の意味を、深く自分には問わないでおいた。バスの外、夜の街が流れる。

yumomomo(日用雑貨クリエーター)

【お知らせ】
本コラムの筆者であるyumomomoさんが、先日、自身の作品を展示・販売するネットショップ「MIDORI」をオープンしました。コラムとあわせてご覧ください。
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