yumomomo連載コラム「カラーで生きる」 第7回「母の淹れたコーヒー、セピア色」

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 日用雑貨クリエーターのyumomomoさんによる連載コラム「カラーで生きる」。本連載ではyumomomoさんが独自の視点で様々な色について描き、毎週金曜日にお届けします。第7回は「母の淹れたコーヒー、セピア色」――

第7回 「母の淹れたコーヒー、セピア色」

 半年前のある日、茨城の祖父母の家に行くと、久しぶりに母に会った。母とは五~六年ほど疎遠で音信不通だった。ああ生きてたんだ、この人いたんだ、と思った。
 母とはその五~六年前にちょっとしたいざこざがあり、それ以来連絡をとっていなかった。
 祖母は母のことが嫌いだ。わたしも母のことが嫌いだ。だから祖母とは話が合う。母は、やれこの家にはコーヒーもないだの、やれ煮物が甘すぎるだの、すきま風が寒いだの、甲高い声で世間知らずのわがまま娘のような態度をとっていた。…いつものことだけど。だけど、でも。
 その日、わたしは言った。
「お母さん、いい加減にしてください。コーヒーが飲みたかったら自分で買ってくればいいでしょ。っていうか、帰ればいいんでない?帰って飲めばいいんじゃないですかね

 きっぱりとわたしがそう言うと、その場にいた親戚の皆がしいんと黙った。わたしが大勢の前でそんなことを言ったことは過去にはなかった。反論する者はおらず、皆、無言の同意をしていた。そして母は何かぶつぶつ言いながら一人でぱっぱと帰っていった。こんなこともはじめてのことだった。

 お母さん、きいて。ねえわたしの話をきいて。つらかったの。ずっとつらかったんだよ。そう言ってわたしはずっと母に甘えたかった。他の誰かでもなくて、母だけに。でも憎む気持ちの方が大きくて、それが素直にできなかった。
 いじめられていたことも、ピアノのレッスンがほんとうはうまくいってなくてやめたいことも、言いたかったの。プールの帰りに転んですごく痛かったことも、テストの自由覧に書きたいことがうまく書けなかったことも。きいてほしかったの。
 お母さん。お母さん。

 おととい、母に会いに行った。用事があったのは父との方で、引っ越しの際の保証人になってもらいたくてサインだけもらいに行ったのだけど。母とも、親戚の前で「帰れ」と言ったあのとき以来しゃべっていなかった。
「コーヒー淹れるけど、アンタも飲む?お父さんも」
 わたしが家に行ってから母がわたしにしゃべりかけてきた第一声がそれだった。あのことをなんでもないふうに明るくあっけらかんとしゃべりかけてきたので、わたしは緊張して、少しうろたえたけど、「うん、いる。ほしい。ちょうだい」と言った。
 母の出したコーヒーは、わたしが忘れていた、昔使っていたブルーのマグカップに淹れてあった。気に入って使っていたことも、存在すら忘れていた、そのブルーのごつごつした、いびつな形のマグカップ。それを母が出してきた。一瞬、息が止まった。そんな気の利くやさしさは母にはないはずだった。たまたまだろうか。意識的にではないと思う。そのはずだ。その、はず…。
 そういえば、母はコーヒーが大好きだった。しかもうっすーいブラックのやつが。うすいコーヒーのことをアメリカンコーヒーっていうんだよ、というのを、わたしは母から教えてもらった。そしてわたしもコーヒーが好きになったのだった。それすら忘れていた。
この人とはきっと一生うまくいかない。何があってもたぶん。でも、ときどきこうして一緒にコーヒーを飲む仲にくらいは、あと何年かしたらなってもいいな、と思った。(思っただけで、ぜったいに言わないけど)

yumomomo(日用雑貨クリエーター)

【お知らせ】
本コラムの筆者であるyumomomoさんが、先日、自身の作品を展示・販売するネットショップ「MIDORI」をオープンしました。コラムとあわせてご覧ください。
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