連載コラム「カラーで生きる」 第8回「うすいもも色、プーアル茶(の最後のほう)」

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 日用雑貨クリエーターのyumomomoさんによる連載コラム「カラーで生きる」。本連載ではyumomomoさんが独自の視点で様々な色について描き、毎週金曜日にお届けします。第8回は「うすいもも色、プーアル茶(の最後のほう)」――

第8回 「うすいもも色、プーアル茶(の最後のほう)」

 中学時代、中国茶にはまって、ときどき父と母との三人で横浜中華街に出かけては中国茶をたくさん買ってきていた。茶器もそろえて本格的に淹れて楽しんでいた。いろんなお茶をたくさん飲んだけど、わたしは大道の鉄観音でも華やかな黄金桂でもなく、素朴にプーアル茶が一番好きだ。
 中国茶は飲み終わっても湯を注いで何度でも飲める。発酵を重ねているので茶葉の出がいつまででもよいのだ。まず茶器をあたためておき、茶葉を急須に入れて湯を入れ、一回目の湯は捨て、二回目の湯を急須に注いでそれからを飲む。一回目の湯はいわば「葉の洗浄」と「むらし」の役割だ。三度目、四度目とくりかえし飲んでいるともちろんうすくはなってくるが、風味はすっかり消えてしまうということはあまりない。うすくなってきたころのプーアル茶は、茶色にやや少しもも色をおびた感じで、とてもきれいだ。
 そのうすいもも色は、わたしにおだやかな夕焼けの雲を連想させる。細かくちぎれて、ばらばらになって光っている夕暮れの雲。あの色だ。

 中学生のそのころには自分の恋愛対象が女性だということがすでに自分の中ではっきりしていて、好きな女の子がいた。その子とは学校の帰り道いつも一緒で、わたしは自分の好意の気持ちを隠そうとしないタイプで、彼女には自分の気持ちを伝えていた。それで彼女とどうにかなりたい、という気持ちが自分にあったわけではなく、むしろどうにもならない、と思っていたから気楽に気持ちを伝えられることができていたというのもある。今考えればもろに好き好き言っていた気がする。それでクラスメイトにレズキモイといじめられることになったけれど、まあそれもしかたのないことだ。ネットのニュースや海外で同性婚がどうとかの記事が流れれば素敵だと思っても、クラスメイトに同性愛者がいたらやはりキモイんだろう。彼女はそんなわたしにもやさしかった。いずれ彼女もまわりに流されてわたしをいじめてくるようになるまで、彼女は毎日わたしと一緒に帰ってくれた。
 わたしは彼女とふたりでいられるだけでなんかすごくよくて、帰り道は毎日ウキウキだった。彼女が一緒に帰ってくれなくなるまで、ほんとに毎日欠かさず彼女と一緒に学校から帰っていた。
 一日だけ、忘れられない日がある。
 わたしは当時、統合失調症の症状もひどくて、自分がクラスメイトみんなに嫌われて死ねと言われていると思い込んでいた。じっさいにいじめられていたから完全にわたしの妄想というわけでもなかったように思う。その日のいつもの帰り道、わたしは、こんなにみんなに嫌われているんだ、だからわたしなんて死んでもいいんだ、と彼女の前で泣いた。彼女の前でならめそめそ泣くことができた。
 そんなわたしをいっときでもなぐさめたかったのだろう、彼女は言った。「わたしはきみのことが好きだよ」
 わたしはほんとうにほんとうに自分がこの世の全員から嫌われているのだと思っていて、ほんとに死んでもいいんだと思っていて、それは統合失調症の症状がひどかったというのもあるかもしれないけれど、苦しさは何をしてもごまかせないものがあった。その時に彼女が言ってくれた「好きだよ」は、わたしの涙をぬぐって、ほんとうかな、という気持ちにさせてくれた。
 ほんとうかな。わたしは生きていても仕方がない人間だと思っているけど、彼女がわたしを好きだと言ってくれるなら、とわたしは思った。そんな気持ちを察したように、「ほんとうだよ」と彼女が言った。そしてわたしを抱きしめてくれた。「きみのこと好きだよ」
 その日、いつも別れる道で別れず、彼女をわたしの家に呼んだ。そして、はまっている中国茶を彼女にふるまった。こんなに本格的にやっているんだねえ、すごいね、と彼女は言った。母親がいつもはきかない気をきかせて、ロールケーキを切って持ってきてくれた。
 彼女はわたしを抱きしめながら何度も言ってくれた。
 「さっき言ったこと、ほんとうだよ。きみのこと、好きだよ。そりゃあ人だもん、嫌いな人もいるかもしれない。だけどわたしはきみのことが好きだよ。だから生きてていいんだよ」
 彼女の肩の向こう、窓の外に、もも色のちぎれた雲が静かにいくつも浮かんでいた。いつまでもぐずぐず泣いているわたしのほっぺたに、彼女は軽くキスしてくれた。
 死なないでいよう、と、その時思った。
その時の、うすいもも色の夕焼け雲と、何度も湯を注いでうすくなったプーアル茶の色。

yumomomo(日用雑貨クリエーター)

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本コラムの筆者であるyumomomoさんが、先日、自身の作品を展示・販売するネットショップ「MIDORI」をオープンしました。コラムとあわせてご覧ください。
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