連載コラム「カラーで生きる」 第9回「マリアと銀色のワインの泡」

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 日用雑貨クリエーターのyumomomoさんによる連載コラム「カラーで生きる」。本連載ではyumomomoさんが独自の視点で様々な色について描き、毎週金曜日にお届けします。第9回は「マリアと銀色のワインの泡」――

第9回 「マリアと銀色のワインの泡」

 マリアと最後に飲んだ、白いワインのこと、あの日のこと、今はもう細部までは思い出せなくなってしまった。

 そのワインはわたしと彼女が気に入ってよく買っていた安いコンビニワインだった。安いわりにまあまあおいしくて、いつものごとに毎回ぜいたくすることなんてできない、でも飲むときにはたらふく飲むというわれわれの強い味方だった。安さも気に入っていたけれど、ラベルがちょっとかわいくて。そうだ、はじめてそのワインを買ったのも、ジャケ買いで買ったのだった。
 わたしはそのころ横須賀に住んでいて、そこは三笠公園が真ん前に見渡せるぼろぼろのマンションだった。わたしと彼女は同じソープ店での稼ぎ頭だった。そのマンションもそのソープ店が用意したもので、正規のルートで契約しているのでなはなかった。わたしにとってのひそかな恋人である彼女は、わたしのことをセックスフレンド以上には見てくれていなかった。でもそんなフランクな感じもわたしにはちょうどよかった。わたしたちには、といった方がいいかもしれない。わたしは彼女のことがとても好きだったけど、彼女はどちらかというと男性と恋がしたくって、わたしとの関係は長くても軽いものであってほしかったのだと思う。わたしはそれについて、まあそんなもんだろう、と思っていた。それでもふざけ半分で、おそろいのピンキーリングを買ったりして絆を確かめあったりもしたけれど。それも今はもうとっくになくしてしまった。

 時計は午前三時を過ぎていた。明日は早番の彼女はとっくに寝ていなければならない時間帯だ。でもその日の彼女は飲みたいようだった。わたしは音楽をかけながらそれにつきあった。ワインはどんどんなくなっていく。
 「早く起きるんだったら寝なくていいのかよ」
 そう彼女に一応聞いておいた。彼女の言い分はこうだった。
 「早く起きるからでっしょう~」
 「言ってることがわからないけど?」
 「深酒した方が眠りが浅いからスコーンと起きられていいんだよ」
 少しわかる気がした。しかも明日の彼女のお客は出禁カウントダウンをくらっているインチキオヤジだ。60分コースで入っておきながら、彼女の部屋でたらふく酒を飲み、延長料金を払わずにツケで出ていく。ツケはたしかに数日後にパチンコで勝って持ってくるのだが、オッサンが入った日に稼ぎの分を持って帰ることのできない彼女は当然オッサンが大嫌いだ。その前日なら飲んでてもべつにいいでしょって気にもなる。
 ワインはどうせ封を開けたらその日のうちに飲まないと空気にふれて味が変わってしまう。コンビニで、ビールと缶チューハイを買った上にワインまで買い物かごに入れたということは、今日の彼女は飲みたいということだとさっきのわたしは思った。
 ワインはちょっとおしゃれっぽいかわいいグラスについで飲んだ。ただの安い白ワインだけど、グラスについだあと数秒間だけ泡がシュワシュワ浮いて、シャンパンみたいだと思った。今日は何かのお祝いだっけ。
 「お祝いみたいだねえ」とわたしは言った。
 「あ、そうなんだ、お祝いなんだよー。祝ってよ」
 「えっ、そうなの。誕生日とか近かった?」
「あのさあ、子供できちゃってさあ」
 と、マリアちゃんは言った。
 唐突だが彼女の名前は「マリア」という。源氏名ではない、本名だ。
 「こないだの性病検診のついでに妊娠わかったんだけど、どうせお客の子だから誰の子かわからなくてさー。笑うよねー。父親誰かわかんないのよ。笑うしかないでしょ。でもあたし産んで育てたいんだ。そうしたら、一人じゃなくなるし。親もひどい奴らだしずっと一人だったけど、あたしこの子産んだら一人じゃなくなるから産みたい。だからお祝いしてよ」
 マリアちゃんの目は澄んでいた。わたしはそれをとてもきれいだと思った。
 ワインの泡、シュワシュワ。透明な、白というか黄色がかった銀色に近い、思い出の中だけの色。
マグダラの聖母マリアは婚姻も姦通もせずに妊娠した。兄がクリスチャンだからその話はよく知っている。その話をした。マリア。いい名だね、と言ったら、なんかマリアちゃんは泣いて、わたしもなんか少しだけ泣いた。
 「あ!でも、じゃあアルコールだめじゃん」
とわたしは言った。
 「あ、気づいた?まあ今日くらいいいじゃーん」
 「だめだよ!きちんとしなさい、おかあさんなんだから。セックスももうしないよ。もうだらだらつきあわないからね!

 はあい、とマリアちゃんは言った。思い出の中だけの色。なつかしい、黄色がかった銀色の泡。

yumomomo(日用雑貨クリエーター)

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本コラムの筆者であるyumomomoさんが、先日、自身の作品を展示・販売するネットショップ「MIDORI」をオープンしました。コラムとあわせてご覧ください。
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