「聖人ザッカーバーグ」の死と資本主義の復権 Metaが“オープンソース”という武器を捨てた日

「MetaはAIの民主化の英雄だ」。2024年までシリコンバレーの一部で囁かれていたこの甘美な評価は、2025年12月をもって完全に過去のものとなった。

これまでMetaは、巨額のコストを投じて開発した「Llama」シリーズを無償で公開し、OpenAIやGoogleが築こうとしていた独占的な「堀」を埋め立ててきた。だが、その慈善事業のような振る舞いは唐突に終わりを告げた。

2025年12月、Meta内部で進行する極秘プロジェクト「Avocado(アボカド)」の存在が報じられたからだ。これはLlamaとは異なり、完全なクローズドソースであり、明確な収益化を目的としたプロプライエタリなモデルである。なぜザッカーバーグは、自ら掲げた「オープンの旗」をあっさりと降ろしたのか。そこには、思想の転向などではない、冷徹な経済合理性(Incentive)だけが存在する。

焦土作戦の限界と「Llama 4」の誤算

転換点は、期待されていた次世代モデル「Llama 4」の開発難航にある。

2025年初頭のリリースを目指していたこのモデルは、複雑な推論タスクにおいて競合他社に遅れを取り、社内評価で「期待外れ」の烙印を押された。本来、Metaがオープンソース戦略を採ったのは、世界中の開発者を無償のR&D部隊として使い、OpenAIの技術的優位性をコモディティ化(陳腐化)させるためだった。

しかし、技術の最先端(Frontier)を維持するためのコストは指数関数的に増大している。2025年のMetaの設備投資額(CAPEX)は700億ドルを超え、その大半がAIインフラに消えている。株主からの圧力は限界に達しており、「敵の利益を減らすために、自らも血を流す焦土作戦」を続ける余裕はもはやない。

「Avocado」へのピボットは、Metaが「焼く側」から「稼ぐ側」へ回らざるを得なくなった物理的な帰結だ。彼らはなりふり構わず収益化の道を探り始めた。

700億ドルの請求書は誰が払うのか

「タダほど高いものはない」。この格言は、生成AIの時代においても真理だ。Metaが舵を切った収益化の正体は、単なるサブスクリプションの販売ではない。彼らが狙うのは、我々のコミュニケーションそのものの「自動化と課金」だ。

MetaのCFOが示唆したように、彼らの収益化の主戦場は「ビジネス・メッセージング」にある。WhatsAppやMessengerに常駐するAIエージェントが、企業の代わりに顧客対応を行い、商品を売り込む。

これまでの広告モデルが「ユーザーの注意を売る」ものだったとすれば、これからのAIモデルは「ユーザーの意思決定を代行する」ものになる。企業はAIという「超優秀な営業マン」を雇うためにMetaに金を払う。ここでオープンソースは邪魔になる。なぜなら、最強の営業マンのノウハウ(重みデータ)を誰でもコピーできてしまえば、Metaのプラットフォームにお金を払う理由がなくなるからだ。

「共有地」の囲い込みとフリーランチの終焉

結局のところ、ザッカーバーグは共産主義者ではなかったということだ。

オープンソース戦略は、競合他社(OpenAIやGoogle)のビジネスモデルを破壊するための「一時的な戦術」に過ぎなかった。敵の堀が埋まり、AIモデル自体がコモディティ化した今、Metaは再び自らの城に強固な「壁」を築き始めた。

新モデルがクローズドになるということは、Metaが保有する30億人分のソーシャルデータという「燃料」が、外部からはアクセス不可能な聖域になることを意味する。Llamaで世界中の開発者を味方につけ、エコシステムを支配したタイミングで、梯子を外す。見事なまでの「独占への回帰」だ。

2026年春に予定される新サービスのローンチは、AI業界における「フリーランチ(タダ飯)」の終わりを告げるベルとなるだろう。我々はこれまで、ビッグテック同士のシェア争いのおこぼれとして、高性能なAIを安価に享受してきた。だが、そのボーナスタイムは終わった。Metaの変節を裏切りと呼ぶのは感傷に過ぎない。彼らは最初から、株主利益を最大化するというアルゴリズムに従って動いていただけなのだから。

(Zach Kerr)